冬眠 (草野心平)

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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ファイル:Toumin kusano.jpg
草野心平の「冬眠」と「春殖」

冬眠(とうみん)は草野心平の1951年発表の詩集『天』の末尾に掲載された。

概要

草野は青空球児・好児をも凌ぐ蛙好きとして知られる。1938年に発表された詩集『蛙』以外にもやたらと蛙の詩を作っているので、「冬眠」も蛙のに材を取ったことは想像に難くない。

右図からも分かるとおり、「冬眠」は題が2文字、本編は記号1つからなる究極の自由詩である。これほど短い詩は世界のどこを探してもないはずなのだが、ウィキペディアには世界一短い詩として大橋裸木の「陽へ病む」が挙げられている[1]。なぜ題を入れても3文字の「冬眠」ではないのか?

  1. ^ この記事が書かれてから1年近くたって、ウィキペディアでも「冬眠」に書き換えられた。無知なウィキペディアンがこの記事を読んで慌てて修正した結果である。

詩か否か

国内外を問わず、「冬眠」は詩とは認められないという意見がある。彼らは、「●」が文字ではなく単に記号であるため文学作品たりえないと批判している。ヴィクトル・ユーゴーのファンらは、たとえ記号であっても意味が伝わればよいと草野を擁護した。しかし「」は少なくとも何かを疑問に思っている・尋ねているという意味が誰にでも分かるが、「●」はその直感的な意味すら読者に委ねられており、むしろ絵画に近いと主張する者も少なくなかった。

型にはまったことが大好きな日本人はさらに批判的だった。詩とはいえそれは文章なのだから、「●」ひとつで詩ということは到底認められないとの意見が多かった。たとえばYahoo!知恵袋でも「ふざけた詩です。詩ではないですね。」と断じられている。そんなとき84歳になった宮武外骨が本作をひどく気に入り、これこそ自己言及的な傑作だと草野を称えた。なお上述のとおりウィキペディアでも「冬眠」を世界一短い詩とは認めていない。これは「自己言及的な作品」を許すとアンサイクロペディアに屈したことになりかねないと考えるウィキペディアンのひねくれた性格によるものである。

もともと出版社もこの革命的な詩を含む詩集を出版する勇気はなかった。そんな折、論争好きで有名な中村光夫が「私小説より遥かにマシ」と認め、中村が顧問を務める筑摩書房から無事出版されることになったのである。

意味

蛙の卵を表すとすれば●はたくさん必要?

この詩は「●」ひとつだけなので、その意味はいかようにも解釈できる。そのうえ行間がないから「行間を読む」こともできない。そこで本作品に対しては様々な解釈がなされている。

  1. 冬眠中は狭い穴の中でやることもないので、起きている間じゅうずっと、暇つぶしにペンで紙を黒く塗りつぶす様子を描いている。あれ、蛙って恒温動物だったっけ?
  2. 冬眠時に過ごす真っ暗な穴を表現している。暗ければ電灯を点ければいいだけのことだが、そうもいかないらしい。このことから、当時まだ電気が通っていなかった山間部ないし離島の蛙であったことをうかがわせる。
  3. 冬眠で暗い穴に長時間いることで、大きく開いてしまった虹彩を表している。●記号は他の文字に比べて若干大きいが、これは虹彩が広がり瞳孔が大きくなっている様子を強調するためと考えれば納得がいく。
  4. 冬の間、蛙の夫婦はずっとベッドの上にいるので、子作りが進む。●は蛙の卵、あるいはオタマジャクシを表している。だがこの解釈には反論も多い。まず卵やオタマジャクシは小さいので、●をわざわざ大きくする必要はない。また、カエルの卵を表すなら●●●●……と●をたくさん書くはずだろうと指摘されている。
  5. 冬眠中は2ちゃんねるくらいしかやることがない。そこでカエルたちが2ちゃんねるビューアを購入している様子を表しているとする解釈もある。1951年に2ちゃんねるがあったのか?という無粋な質問はなしにしてほしい。だがそれを抜きにしても、冬季に●板への書き込みが伸びるかというとそうでもないので、この説も疑問視されている。

そのほかにも、●は試合に負けたことを表すとか、の記号だとか、いろいろな解釈がある。

一方で、そもそも作品自体に大した意味はなく、なんらかの大人の事情によって生まれたとする説もある。代表的な説を3つ掲げる。

  1. もともと何らかの字が書かれていたが、出版時に墨塗りされたという説がある。1951年出版ということを考えると、GHQ批判が書かれていた可能性が高い。上述のとおり●記号は他の文字に比べて若干大きいが、これも文字をしっかり塗りつぶすためにもとの文字よりも多少大きくなったという説明がつく。だが消された文字はわずかに1文字分である。たった1文字でどうやってGHQを批判したのか気になるところである。
  2. よい言葉が見つからず、書き出しの文字を自分で塗りつぶしたという説もある。この説が正しいならば、たった1文字書いてそれを塗りつぶし、諦めて出稿してしまったことになる。草野の諦めの早さにはほとほと呆れてしまう。
  3. 原稿料を取りたかっただけという説も無視できない。当時、詩の原稿料は1ページ、あるいは一篇でいくらというように決まっていた。●だけでもこれは詩だと主張すれば、一篇の原稿料をせしめることができた可能性がある。この説が正しいとすれば、草野のがめつさには感心するほかない。
    しかしこの説にはさらに反論がある。詩集のページ数について出版社側から厳しく指示されており、草野はどうしてもあと1ページ埋めなければならず苦悩していた。そこで苦し紛れに●だけ書いて原稿を送ったという説である。詩集『天』の末尾に掲載されたのもそうした経緯からだという。もしそうだとしたら1ページの不足も許さなかった出版社側に原因がある。

いずれにせよ本作品の意味について共通見解はなく、読者がそれぞれ勝手に解釈しているのが現状である。

「春殖」

冬眠の反響に気をよくした草野は、続いて「春殖」という詩を発表した。もともと草野の代表的詩集『第百階級』に載せる予定だったが、編集者にボツにされたために後年改稿して改めて発表された。もともとの詩は「生殖Ⅰ」という題で、以下のようなものであった。

        ろ      ろ    
  ろ     る  ろ   る   ろ
  る   ろ    る       る
      る      ろ      
     ろ       る   ろ  
 ろ   る   ろ       る  
 る       る          

見て分かるとおり、言葉の意味や韻を楽しむというより視覚的な効果を狙ったものである。「生殖Ⅰ」という題からも分かるが、これはカエルの交尾を表している。「る」は雌の蛙を、「ろ」は雄の蛙を表していることになる(「る」の丸い部分は膣を、「ろ」の払いの部分は陰茎を表している)。春の陽気につられてあちこちで青姦しているさまを見事に捉えた作品と言えよう。

だがこの作品は残念ながらボツになってしまった。卑猥だからではない。実は蛙は体外受精を行うために交合することはなく、ゆえに膣も陰茎も持たない。それゆえ「る」と「ろ」を使い分ける意味がないと指摘されてしまったのである。

そこで草野は「る」を羅列することで生殖活動を表した。これは子作りに励んだ蛙の夫婦の間にたくさんの子蛙ができたことを表している。あれ、蛙は孵化したらオタマジャクシになるから「る」で表すのはおかしいだって?「春殖」出版時にはそういう細かいことをいう編集者はいなくなっていたからいいのです。

関連作品

草野の詩と前後して、世界各地でも詩とは思えぬ詩がいくつか作られた。

Cummingsの詩

アメリカEdward Estlin Cummingsは1957年に英語の詩を発表したが、これは金儲けの姿勢が露骨である。A leaf falls on lonelinessと書けば1行で終わるものを、1つの単語までぶつぶつと切ってしまったために12行も使っている。原稿料を12倍も稼げる計算である。どうやらアメリカでは行数によって原稿料が決まっていたらしい。

一部の評論家からは葉っぱがひらひらと落ちる様子を表していると評価されているが、「s)」までは各行の長さもほぼ同じで、どちらかというと硬いものすとんと落ちていくようである。

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山村暮鳥の詩「風景」
山村暮鳥の詩

山村暮鳥は1916年に「風景」という作品を発表している。これもまたせこい作品であり、ワープロで一度「いちめんのなのはな」と入力してから、Ctrl+CとCtrl+Vを繰り返しただけで、一篇の詩と言い張ってしまったのである(そのおかげで1ページから2ページに水増しされた)。

この作品は、ひらがなの羅列によって菜の花畑を視覚的に表していると言われている。そういうことなら、「いちめんの」というくらいだからせめて20×60文字くらいは書いてほしかった。残念。

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McGoughの詩「40-Love」
Roger McGoughの詩

一方でRoger McGoughはさすがイギリスの紳士である。彼はページを2つに分け、改行が多くてもページばかり消費しないように努めたのである。原稿料は半分しかもらえなかったが、彼の謙虚な姿勢は賞賛された。また彼の詩のスタイルは市民政府二論にヒントを得ている。さすがイギリス人には教養がある。

「冬眠」がもたらしたもの

「冬眠」が文学界に与えた影響は数多い。まず意識を変えたのは出版社である。「●」ひとつで詩一篇の原稿料を取られてはたまらないと、詩の数ではなく文字数によって原稿料を決めることになった(無論コピペの部分は文字数にカウントされない)。その結果、洗練された短詩が激減し、かわりに長いだけで内容がない詩が氾濫することになってしまった。

一方で、文字や記号の視覚的な意外性を楽しむという文芸上の技巧が確立された。アンサイクロペディアのあああああああああ!ニヒリズムのユーモアもその流れの上に存在するのである。

ナニモノかがウィキペディアに「冬眠 (草野心平)」の項目を執筆しましたが、要出典厨削除厨の暗躍により削除されてしまいました


32px 執筆コンテスト
本項は第6回執筆コンテストに出品されました。
流行記事大賞 銀賞受賞記事

この記事は2008年流行記事大賞にて銀賞を受賞しました。
この賞は神人ぐらいの神通力があるかもしれません。

注意:このページはまだ翻訳が終わっていません。UN:LANGに基づき、アイヌ語と琉球語を書いてくださる方を随時募集しております。